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パノラマ写真で見るビルチェノク氷河 |
ビルチェノック氷河
カムチャツカ半島ウシュコフスキー氷冠から溢流するビルチェノック氷河は,活発な前進・衰退を繰り返している,いわゆる「サージ氷河」であると考えられている.98年夏に,この氷河の消耗域において,氷河の流動観測,氷河地形・堆積物の分布,降下火山灰と氷成堆積物の層序,堆積物の変形構造,氷河の後退以後の地形変化量などについて現地調査を行った.
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ウシュコフスキー火山(標高3900m)は,カムチャツカ半島中央部にあるクリチフスキー火山群を構成する成層火山で,50-60kaに形成され,周辺の基盤地質は安山岩質の火山岩および火砕流堆積物からなる.山頂にはいくつかの火口からなるカルデラがあって,約25km2の広大な平坦部となっており,最大240mの氷厚を持つ氷冠に覆われている.ウシュコフスキー火山の斜面には山頂部を涵養域とするいくつかの氷河があるが,ビルチェノック氷河は,カルデラ内部から溢流する唯一の氷河である.全長約18km・幅約750mで,カルデラのリム(標高約3000m)から標高約1300mまで急激に高度を下げて比高約1700mものアイスフォールを形成し,その後は緩やかに長さ約10kmにわたって細長く伸び,火山体の北麓斜面に深さ約200-500mの氷食谷を刻んでいる.雪線高度は約2500m,1998年夏の調査時の氷舌端高度は標高約750mである.
<サージ氷河?> |
ビルチェノック氷河の変動史
ビルチェノック氷河末端付近の氷河地形・堆積物
氷成堆積物の露頭の解釈
これまでのカムチャツカ半島における第四紀の氷河地形に関する調査結果では,1万年以前の拡大に相当する地形の詳しい編年は行われておらず,ビルチェノック氷河周辺についても同様である.また,ビルチェノック氷河の完新世以降〜有史以前の変動についても詳しいことは分かっていない.今回の調査では,少なくとも小氷期の拡大に相当する氷河地形は確認できなかった.
一方,1890年代以降,いくつかの探検記録などにビルチェノック氷河に関する記載がなされるようになり,戦後,航空機による観測も行われるようになった.1949年の航空調査では「多くの割れ目を持つ活動末端が800mにある」と報告されている.
ビルチェノック氷河が繰り返し急激な前進をひきおこす,いわゆる「サージ氷河」ではないかと考えられるようになたのは,1959年2月に氷舌端が標高615-630mまで前進しているのが確認されたことに始まる.その後,1970年代の調査で,標高930-950mまで後退していることが確認され,1974-1980の航空調査では,活動末端が標高950-1000mにあって,200m/yrの流動速度であることが確認された.
さらに1980年の夏に異変の兆候があらわれ,1982年の2月に前進(距離不明)していることが,やはり空からの目視によって確認された.以後,旧ソ連の研究者によって多角的な調査が実施されてきた.現在のビルチェノック氷河は,1980年代に小サージを起こしているものの,大局的には,1960年代におきたサージ後の衰退過程にあると考えられる.
1960年代のサージの前進末端位置から現在の氷河末端にかけての地域は,以下のように区分される.
標高約600mから725mにかけて,1960年代のサージの氷体が融解してできたメルトアウトティルおよびハンモッキーモレーンが分布する.その上流から氷舌端にかけては,1980年代の小サージの氷体が融解しつつある地域があり,上記堆積物のほか,不明瞭なターミナルモレーン(プッシュ型・スラスト型)が分布する.標高約750mの氷舌端から氷河上の標高約850mにかけては,氷体の各所にアイスブリッジや氷の崩壊ブロックが見られ,現在はほとんど活動していない「デッドアイス」であると考えられる.
特に標高約600mから725mにかけての地域には,長さ約2kmにわたって谷底からの比高が10-50mの露頭があって,氷成堆積物,降下火山灰,融氷河堆積物が観察できる.最近のサージについては,当時の氷体の状態が詳しく記録されているので,このような露頭は,氷河のサージによる前進や氷体の消滅過程でどのような地質学的現象が氷体の周辺で起こったかを復元するのに非常に好都合な露頭である.
露頭で観察される堆積物は,氷成層と考えられる無層理・無淘汰のコンパクトな層,ラミナや成層構造が発達し融氷河性と考えられる層,および土壌化した火山灰層が,繰り返し互層したシークエンスをなしている.露頭の下流域は,最上位にKsudach-1(1806±16 y.B.P.)と判断される火山灰が乗っており,下位の堆積層はそれ以前の氷成堆積物や融氷河性堆積物であると考えられる.一方,露頭の上流域は,1966年に撮影された衛星写真によると,1960年代のサージによって前進した氷舌に覆われた地域に位置しており,その氷体が後退した後に出現したものと考えられる.Ksudach-1は,繰り返し互層したシークエンスの2-3ユニット下に認められ,最上位には1960年代のサージによる氷成堆積物が乗っている.
火山灰層は基本的に氷に覆われていない時期に地表面で堆積したものと考えられるが,その直上に氷成層が堆積しているものも認められる.このことは,氷河の前進によって必ずしも下位の層が氷食を受けているとは限らないことを示している.この事実は氷河の侵食メカニズムを考える上で非常に重要な事象を示していると考えられる.露頭上流部の断面でみる限り,この前進に伴う氷成堆積物は最上部の約50cm-1mに限られており,しかもその直下には土壌化した火山灰層が堆積している.このことから判断して,少なくとも1960年代のサージによる前進では,この地点では氷食作用はほとんど働かなかったと考えて良いであろう.同じようなことが,さらに下位に分布する同様のシークエンスについても適用できいるのではないか.つまり,氷成層のうち,下位の地表付近の層を残したままその直上に堆積しているものは,サージ性の前進に相当する堆積物であると考えられる.このことにより,ビルチェノック氷河は1960年代以前にも頻繁にサージを繰り返していたことが推測される.
繰り返し互層したシークエンスの中には,部分的に褶曲構造をなし,氷底堆積物が氷河の前進によって変形をうけたことを示すと考えられるものが認められる.この構造の中にはShiveluch-3(1404±27 y.B.P.)と判断できる火山灰が認められ,変形構造全体の上位は1960年代のサージ堆積物に覆われている.このことより,完新世以降,最近のサージまでの間に,氷底堆積物を変形させるような前進もあったことが推測される.
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